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第10回 朱礼門に掲げられた「守禮之邦」とは…

2004.03.17

首里城の朱礼門とは…

 「守礼門」は首里城に入場する際の最初の門で、観光客の誰もが目にする首里城のシンボルともいえるものです。焼失前は国宝に指定されていた貴重な建物の一つでしたが、残念ながら沖縄戦によって焼失してしまいました。県民の強い希望により1958年戦後真っ先に復元された建物であることから分かるように、沖縄の人々の想いを象徴する特別な存在なのです。

 赤瓦の屋根と鮮やかな朱塗りが施されていますので、一見中国建築と思われがちですが、中国様式と日本様式の両方の影響を受けた琉球建築の典型として知られています。現在2千円札の図柄に採用されていますので、馴染みのある方も多い(?)かと思います。


朱礼門に掲げられた「守禮之邦」とは…

 沖縄の人々にとって何故「守礼門」が特別な存在なのか、その訳は上下二層の屋根の間に掲げられている『守禮之邦(しゅれいのくに)』という額にあります。
 琉球王国は古くからアジア諸国と交易し、特に中国(明)とは特別な関係にありました。琉球を属国と見なしていた明は、琉球王が代わると、「冊封使」(さっぽうし)という使者を派遣し、その即位を認知する「冊封の儀式」(戴冠式)を行っていました。

 その渡来は1404年に始まり1866年まで続いたとされていますが、この冊封使を迎える際に、琉球政府は"琉球が礼を重んじる国家"であり"武器を使わず国を治めている"ことを示すため、『守礼之邦』という四字を額にしてこの門に掲げたのです。 
 これまで琉球には武器というものが一切なく、兵士もいませんでした。そのため諸国からは武器を持たない友好的な民族といわれていました。その琉球の国是ともいえるのが、この「守礼之邦」という四字なのです。


復活した「開門の儀式」…

 復元された首里城は、沖縄の歴史・文化を物語る県のシンボルとされ、年間500万人の観光客を迎えています。私もこれまで2度行きました。建物はもちろん石垣なども忠実に復元され、歴代国王が政務を執った「正殿」の入口に建つ「奉神門」では『開門の儀式』も復活し、観光客に披露されています。

 ところでこの儀式、なかなかユニークです。この儀式を見るために朝一番で駆けつけたという観光客も大勢いました。琉球王朝時代の守衛の装束で身を固めた3人が門の入口に並び、9時になるとドラを鳴らし始めます。"じゃーん"という音に始まりその間隔がだんだん短くなり、最後の"じゃーん"という締めの一発の後に"かいも~ん(?)"と叫び、20秒ほどで終わります。
 目の前でご本人たちが真面目にやっている(当たり前)ので笑うわけにはいきませんが、3人の個性やその格好や着こなしがどこか可笑しく、こちらがちょっと恥ずかしくなるような微笑ましい儀式です。期間限定のようなので、行く場合はご注意ください。
 その他鮮やかな色彩や柱に施された中国的装飾の「龍の模様」などなかなか興味深く、かつての琉球王国の栄華が偲ばれます。


アクセスはいいのだが…

 アクセスもよく、首里城の近くにある地下駐車場に駐車してそこから地上に上がると、「守礼門」のすぐ前に出ます。ところが、周辺は全面駐車禁止になってはいるものの、駐車場に入るための順番待ちで大渋滞。利便性を優先した結果こうなってしまったのか、それとも思いのほか来場者数が多いのか。改善が望まれます。
 世界一人気のあるドイツの「ノイシュバンシュタイン城」も現在の「予約制入場システム」に変更する前は、大変混雑していたといいます。先例に習い離れた駐車場に車を停め、そこからは専用バスやタクシー、あるいは(ちょっと暑いが)徒歩で行けばいい、と思うのですがいかがでしょう。

次回は、「工業大国ドイツ」のもう一つの顔とは…についてご紹介します。

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